恋人ができた途端に生活が変わる女。
恋人ができた途端に生活が変わる女、とは
一緒に暮らしている従姉妹のことである。
家庭の話を嫌がる人と、学生時代の話を嫌がる人。
私はBARで働いていた間、家庭の話をひた隠しにしていた。
差し障りない程度の話はしておかなければ不自然だし、何よりお客様との親密度が上がらない。
勤めて1年半の間は私の口から両親が離婚している話すらしなかった。
このご時世、離婚は珍しくもないので、仲のいいお客様には話しましたし、BARを辞めてもお会いする方には話す機会があればお話するようになりました。
そうする事でお客様のご家庭の話を伺うことができるのです。
お客様のご家庭の話なんて興味ないのですが、親近感が湧き、新密度が上がるのでそのためだけに話しています。
そうして、お客様と深くお付き合いしていく中でいろんな人がいるんだなぁと思う出来事がありました。
お客様Aと食事をしていた時に家庭環境の話をしたのですが、私はすごく気分が悪かったです。
というのも彼は家庭の話はいくらでもできるので自分の話をした後、私にそれと同じだけを求めてこられました。
「うらんちゃんの家ってどんな感じなの?」と。
私は、彼の好意に気付いていて、それに多少なりとも応えたいと思っていましたから話したいとも思いましたが、言いたくない気持ちが強かったのです。
それだけ、まだ彼に心を開いていないということなのですがそれ以上に、人が話せることは人それぞれである、と感じました。だから、放っておいてほしい、と。
言うか言うまいか悩んで黙っていると「無理して言わなくてもいいよ」と言ってくれたのですが、家庭の話を隠す人ってめっちゃ闇深そうに見えませんか?
『ここで言わなければこの後確実に空気が重たくなる』って誰もが思いますよね。
だから結果としては話したのですが、言うまでの沈黙と言っている間が凄く気持ち悪かったんです。
その代わりというわけではありませんが、私は学生時代の話はペラペラ話します。
中学生の頃はパリピ系のやんちゃな生徒だったので、先生に目をつけられていましたし、勉強できないことがステータスでした。
お客様Aに家庭環境を話した後の別の日にそういった話をしたら、凄いねと言われたのです。
「僕は学生時代、勉強しないしできなかったからあまり言いたくないんだ。そうやって話せて凄いね」と。
お客様Aは、ありがたい事に私に好意を寄せてくださっていたので、そうは言いながらも自身の学生時代の事を話してくださいました。
しかし私が家庭環境の話を彼にした時、すごく嫌な気分になっていたので、私から「あなたの学生時代はどうだったの」なんて質問をしませんでした。
人の「勉強できない、してこなかった」は本人の価値観の問題なので、どの程度かわかりませんが、お客様Aは勉強できなかった・しなかった事をコンプレックスに思っているようでした。
どうやら人に話したくないことというのは自覚無自覚に関わらず、コンプレックスに思っていることのようです。
人によっては家庭環境も学生時代も隠さず誰にでも言える方がいらっしゃいます。
今回の私とお客様Aのように、どちらかを言いたくないと思っている方もいらっしゃるでしょう。
これは、話せるからどう、話せないからどう、という話ではございません。
そういう方がいるという事を頭の片隅にでも置いておかねばならない、という話です。
そうして、お客様Aとお話をした後のことです。
お客様Bに私の家庭環境を話した時は、どんな流れだったか忘れましたが私から話しました。
お客様Aに話した内容よりもずっと深く話していました。
お客様AもBも家庭環境は似たようなものなので、相手の家庭環境に合わせて私の話をしたわけではないようです。
お客様Bと食事していた時、「Bさんって家庭環境が複雑じゃないですか。だから一緒にいると楽なんですよ」とクソ発言をしてしまったのですが、私はその理由を言わなかったし、彼も理由を訊かず苦笑していただけでした。
たぶん彼はわかっていたんです、複雑な家の人間の心情を。
そして、複雑な家の人間の話を聞く周りの反応を。
(もしくは私にまったく興味がなかったか)
だからとは言いませんが、少なからずそこで訊いてこなかった事は私にとって心地良かったのです。
お客様Bに深く話せたのは、そういった部分が(無意識かもしれませんが)出来ていたからなのだと思います。
≪話せる人≫からすればなんてことない質問なんです、「あなたはどうなの?」って。
この質問は『もっとあなたを知りたい』という思いがあるからですし。(例外はありますが)
でも、≪話せない人≫からすれば拷問に近いということを、理解していただきたい。
話したかったら自分から話します。
特に好きな人には話したいタイミングがあれば話すんです。
これを読んでいるあなたがもし自分の話をして、相手が頷いているだけなら
「この話について自分の話はしたくないんだな」と思っていてください。
「あなたは?」と質問しないであげてください。
話したくなったら話しますから、待っていてあげてください。
私は、お客様Aの拷問のような質問を2ヶ月も前の事なのに、いまだに思い出すと気分悪くなってしまいますから。
女が仕事で使える資格を取得する理由
私は最近、資格取得のため勉強に勤しんでいる。
仕事に必要なものを勉強していて、その延長線上に資格取得がある。
資格を取得できると、「私はコレをこの程度できます」と明言できる。
今まで、仕事で使える程度に学べたらそれでいいと思っていたが
転職を考えるようになり、資格を持っていないと能力があっても資格欄は空欄。
どれだけ能力があってもそれをすべて面接で伝える事は無理だ。
そして、資格取得できない程度の中途半端な勉強しかしていない事も気になりだしたのだ。
しかし、それが一体何に役立つと言うのだ。
どれだけ頑張って勉強をし、資格取得していったとしても
その資格を持っている人が日本だけでもどれだけの人数いるのだろう。
履歴書上の資格欄なんて学歴欄と同じなわけだし。
その学校を入学し卒業できる程度には勉強した、ということを端的に明言するために学校があると思えば何ら変わらない。
一体、私は誰で何者なのだろう、とわからなくなってしまった。
不思議の国のアリスのように「Who are you?」と質問されて
名前や取得した資格の名前を言うのが、≪私≫なのだろうか。
特に女性はどれだけ頑張っても
結婚・妊娠・出産・子育て
が待っている可能性が高い。
それが終わればまた働けばいいだけの話なのだが
そうして休んでいる間、同じキャリアだった男性に抜かれてしまう。それだけの空白がある。
つまり、女性はどれだけ頑張っても一定以上いけないのではないか。
ここからは私個人に当てはめてみる。
私は今結婚願望も特になく、仕事で認められるような人になりたいと思っている。
今の職場ももうすぐ8年目だし。
けれど、現実を考えると
私の性格上、1人で暮らしていけないのだ。
寂しがりで甘えたな私が1人でいられるわけがない。
いつかは結婚したいな、と思っている。
となるとやはり、今私がどれだけ勉強したところでそれが役立ち続けるとは思いにくい。
しかし、残念ながら、結婚できる相手もいない私は
1人で暮らしていけるだけの能力を持っていなければならない。
それに、結婚したところでその相手が家族を養えるだけの力を持ち続けるとも限らない。
このご時世、いつどんな会社が潰れるとも知れない。
今はシングルマザーも多く、私も離婚するなんて事も考えられる。
現実を見ると、こんなにも資格取得する必要のある理由が多い世界だ。
幸か不幸か私は10代から働いているから、仕事で使う資格を取得し続けている。
何が必要で何が不必要(今のところ)か、把握できているしそれなりに勉強もできている。
キャリアウーマンには成れずとも、仕事をする女性でいられる私になっておく必要が、この年齢からあるようだ。
Tバックはエロいのか?
昨冬は、胸の谷間がわかるように
成りたくない大人。
この24年間、それなりに人を見てきた。
そして、『成りたくない大人』の代表例も居る。
三十路を過ぎてまで、SNSで職場の愚痴を書いていたり
Barの店員に可愛がられていることで自分の居場所があると勘違いしている女だ。
それの何が問題なのかというと、
SNSに愚痴を書くということは、誰かに慰めてもらいたい構ってちゃんなのだ。
構ってちゃんがダメというのではなく、不特定多数に構われても構われ足りないのが問題なのだ。面倒な女の出来上がりだ。
そして夜の仕事をしている人間に優しい言葉をかけられて、労われたいからBarに行くのだろう。
そういう人のためにもBarはあるのだろうが、問題はそこを居場所にしてしまうことだ。そこは帰る場所ではなく、行く場所なのだから自分の居場所ではないのだ。
では、そうならないためにどうすればいいのか。
恐らく、『構ってちゃん』は目の前にいる人間だけにすること、
そして居場所がないと生きていけないメンタルしかない人間になるまいと気合を入れ続けることだろう。
案外、気合を入れ続けているだけで人は強くなる。
少なくとも私はそうして、豆腐だったメンタルがグミくらいにはなった。
居場所は、自分の中にしかない。
裏切らないのは自分だけなのだから。
6年後、成りたくない大人と思われないために。